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東京地方裁判所 昭和41年(レ)147号 判決

控訴人 畑山栄治郎

右訴訟代理人弁護士 平井博也

同 大園時喜

同 大園時敏

被控訴人 堀部鎮

右訴訟代理人弁護士 島谷六郎

同 荒井秀夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、求めた裁判

(控訴人)

1、原判決を取消す。

2、別紙目録(一)記載の土地の所有権が控訴人に帰属することを確認する。

3、被控訴人は控訴人に対し、同目録(二)記載の万年塀を収去して前項記載の土地を明渡せ。

4、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二、主張

(控訴人の請求原因)

1、別紙目録(一)記載の土地(以下「本件係争地」という。)を分筆する前の東京都千代田区神田猿楽町二丁目六番四宅地六〇坪(以下「旧六番四の土地」という。)はもと出頭浅次郎の所有であったところ、控訴人は昭和二三年八月一三日同人からこれを買受け、同日その所有権取得登記を経由した。

なお、本件係争地が旧六番四の土地に属することは次の事実からも明白である。すなわち、五味秀夫所有の東京都千代田区神田猿楽町二丁目八番一宅地五六八・八七坪(以下「旧八番一の土地」という)のうち右の旧六番四の土地と相接し、かつ被控訴人が五味から賃借している三六坪余の土地との境界は、区画整理換地確定図に基づく実測の結果別紙図面のPQ線であることが実証された。そして右確定図は土地の境界ならびにその所有権の及ぶ範囲を定めるにあたって創設的効力を有するものである。

2、被控訴人は本件係争地のうえに別紙目録(二)記載の万年塀(以下「本件万年塀」という)を建築所有して現に同土地を占有し、右土地についての控訴人の所有権を争っている。

よって控訴人は、本件係争地の所有権が控訴人に帰属することの確認ならびに被控訴人に対し、本件係争地の所有権に基づき本件万年塀を収去して右土地を明渡すことを求める。

(請求原因に対する被控訴人の認否)

1、請求原因1の事実中、旧六番四の土地がもと出頭浅次郎の所有であったこと、控訴人がその主張の頃同訴外人から右土地を買受けその主張のように所有権取得登記を経由したこと、旧八番一の土地が五味秀夫の所有であり、その土地のうち旧六番四の土地と相接している控訴人主張部分を被控訴人が五味秀夫から賃借していることは認める。本件係争地が旧六番四の土地に属することは否認する。

本件係争地は五味秀夫の所有にかかり、被控訴人の右賃借土地部分に属するものである。

2、同2の事実は認める。

(被控訴人の抗弁)

1、取得時効

かりに本件係争地が旧六番四の土地に属していたとしても、被控訴人は右土地につき五味のために完成した所有権の取得時効を援用する。すなわち、

(一) 昭和九年九月一八日起算点の時効

(1) 一〇年の時効

被控訴人は昭和九年九月一八日五味秀夫から旧八番一の土地の一部(三六坪余)を賃借し同人の占有代理人として本件係争地の占有を開始した。その際五味の土地管理人は、被控訴人の賃借部分の面積には繩延びがあると述べており、また、旧六番四の土地の当時の所有者小笠原清明は、本件万年塀のある別紙図面のPS線に平行しこれより約四寸(一二・一二センチメートル)東寄りの線を地境と認めていたので、被控訴人は本件係争地の占有開始にあたり、同土地が被控訴人の賃借にかかる五味の右所有地に含まれると信ずるについて過失はなかった。そして被控訴人はその後一〇年を経過した昭和一九年九月一八日当時まで本件係争地の占有を継続していたので、五味は被控訴人の代理占有により遅くとも同月末日本件係争地の所有権を時効取得した。

2、二〇年の時効

かりに被控訴人が占有の開始にあたり無過失ではなかったとしても、被控訴人は賃借人として前記占有開始時期から二〇年を経過した昭和二九年九月一八日当時まで引続き本件係争地を占有していたので、五味は遅くとも同月末日右土地の所有権を時効取得した。なお、本件係争地に対する被控訴人の占有は戦時中も中断なく継続していた。すなわち、被控訴人が戦前建築所有した建物は昭和二〇年四月一四日の空襲によって焼失したが、同人は罹災後も、敷地内に構築した二個のコンクリート製防空壕内に寝具、炊事具、光線医療機械などを置いて引続き生活しており、終戦後幾許もなく建物を新築し、以来そこで居住してきたものである。

(二) 昭和二二年九月起算点の時効

かりに前記(一)主張の占有開始もしくは占有継続が認められないとしても、被控訴人は、戦後、本件係争地より約三、四寸旧六番四の土地寄りの線上に新たに竹塀を築造した頃である昭和二二年九月中旬頃に本件係争地の占有を開始した。この竹塀は旧六番四の土地の当時の所有者出頭浅次郎の承諾を得て前記防空壕および被控訴人が戦前から使用してきた排水溝とを目印としてつくったものであるから、被控訴人は本件係争地の占有開始にあたり、同土地が五味の所有地に含まれると信ずるについて過失はなかった。そして被控訴人はその後一〇年を経過した昭和三二年九月中旬当時まで引続き本件係争地を占有していたので、五味は被控訴人の代理占有により遅くとも昭和三二年九月末日本件係争地の所有権を時効取得した。

(三) 昭和二三年八月一三日起算点の時効

かりに控訴人が旧六番四の土地につき所有権取得登記をした日である昭和二三年八月一三日前記(一)(2)および(二)の各時効が中断したとしても、その後一〇年を経過した昭和三三年八月一三日五味は被控訴人の代理占有により本件係争地の所有権を時効取得した。

(四) そこで、被控訴人は、本件係争地の所有権を時効によって取得すべき五味から同土地を賃借している者として、直接以上の各取得時効を援用する。かりに土地賃借人自身の時効援用が認められないとするならば、被控訴人は土地賃借権を保全するため、賃貸人である五味に代位して右の取得時効を援用する。

2、所有権帰属の合意

かりに取得時効の主張が認められないとしても、被控訴人は遅くとも昭和二七年ごろまでの間に控訴人の代理人石橋喜太郎との間で、旧六番四の土地と被控訴人の賃借部分との境界を別紙図面のRS線(本件万年塀のある位置)と定め、同線をもって双方の土地所有権の範囲を区分する旨の合意をした。なお、被控訴人は昭和三二年五月右合意に基づき前記竹塀にかえてRS線上に本件万年塀を築造した。

3、権利濫用

以上の各主張が認められないとしても、控訴人の本訴請求は次の理由により権利の濫用であるから許されない。すなわち、

(1) 被控訴人は本件万年塀の線までの敷地面積を前提として昭和二七年に現在の建物を設計建築したものであるから、本件万年塀を取り壊し控訴人主張の線(別紙図面のPQ線)に新たに境界の塀をつくるとすれば、被控訴人方の勝手口の通路は通行不能となり、また排水溝も閉塞されてしまうので、これを避けるためには右建物の一部を取り壊すほかなくなる。さらに被控訴人方は光線医学研究所ならびに医院であって、平素患者が正面の玄関から頻繁に出入するだけに、玄関とは別の勝手口を必要とする。

(2) 一方控訴人は、竹塀によって境界が区分されている状態で旧六番四の土地を買受けたものであり、被控訴人がその竹塀を本件万年塀につくり直す際も、控訴人はなんら異議を述べていない。また、控訴人が現に使用している面積は、少なくとも登記面積六〇坪は確実にあり、その建物敷地を充分に利用しているのであって、巾約五〇センチメートル程度の本件係争地の東側は空地となっているので、右土地を獲得することによる大きな価値の増加は望めない。さらに本件係争地に関しては、戦前戦後を通じ、一つの確定した事実状態が形成されている(取得時効の項参照)のであるから、一箇の記録にすぎない区画整理換地確定図を絶対視し、塀の撤去のみを頑迷に主張することは到底是認し難い。

(抗弁に対する控訴人の認否)

1、抗弁1(取得時効)の事実中、被控訴人がその主張の日五味からその主張の土地を賃借したことは認めるが、その余の事実は否認する。

時効援用に関する主張は争う。およそ取得時効は所有の意思をもって他人の物を占有することを前提とするものであるところ、被控訴人はたんに賃借人たる立場において本件係争地を占有しているに止まり、とうてい所有の意思をもって占有しているとは認められないから賃貸人たる五味が時効により所有権を取得するいわれはない。したがって、被控訴人自身による時効の援用はもちろん、債権者代位権に基づく時効の援用も理由がない。

2、抗弁2(所有権帰属の合意)の事実は否認する。本件万年塀が築造されたのは、昭和三三年五月四日ごろである。

3、抗弁3(権利濫用)の事実は否認する。控訴人が旧六番四の土地を買受けた当時竹塀は存在したが、その境界については疑問をもっていたので、被控訴人が本件万年塀の築造に着手した際同人に対し、実測して境界を明確にするよう申し入れたにも拘らず、同人はこれを無視して塀を完成させたものである。また本件万年塀があるために控訴人方の空地部分には車を入れることもできず、本件係争地の明渡を求める経済的な実益も大きい。

(控訴人の再抗弁)

かりに本件係争地につき五味のため取得時効が完成したとしても、五味は昭和三六年一一月一一日控訴人が別紙図面のP点に境界石を埋設した際、右境石の存在ならびに旧六番四の土地と旧八番一の土地のうち被控訴人に賃貸している部分との境界が同図面のPQ線であることを承認した。

したがって、賃借人である被控訴人は、賃貸人五味の意向に反し本件係争地につき取得時効による所有権取得を主張できない。

(再抗弁に対する被控訴人の認否)

再抗弁事実は否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一  被控訴人が賃借した当時における本件係争地の帰属関係

(一)  ≪証拠省略≫によれば、東京都千代田区神田猿楽町二丁目六番四宅地六〇坪(一九八・三四平方メートル、以下「旧六番四の土地」という。)は、昭和九年九月当時小笠原某の所有であったが、昭和二〇年一月三一日出頭浅次郎が小笠原某から右土地を買受け(出頭浅次郎の所有の点は当事者間に争いがない。)、昭和二一年八月二七日所有権取得登記を経由したことが認められ、控訴人が昭和二三年八月一三日ごろ出頭から右土地を買受け、同日その所有権取得登記を経由したことは当事者間に争いがない。一方、被控訴人が昭和九年九月一八日五味秀夫が所有している同町二丁目八番一宅地五六八・八七坪(一八八〇・五六平方メートル、以下「旧八番一の土地」という。)のうち三六坪(一一九平方メートル)余の部分を同人から賃借したこと、被控訴人の右賃借部分は控訴人が所有する前記旧六番四の土地と相接していること、被控訴人が本件係争地のうえに本件万年塀を建築所有して現に同土地を占有していること、以上の各事実は当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によれば、本件係争地は昭和三九年一月二〇日右の旧六番四の土地から分筆されたものであり、本件係争地および現六番四の土地(登記簿上の地積五七・七一坪)にはいずれも控訴人名義の前記所有権取得登記がなされていることが認められる。

(二)  そこで、被控訴人が五味から土地を賃借した昭和九年九月一八日当時、本件係争地が旧六番四の土地の所有者(小笠原)と旧八番一の土地の所有者(五味)とのいずれに属していたかを次に検討する。

まず、≪証拠省略≫によれば、旧東京市は大正一二年の関東大震災後ほぼ罹災地全域にわたって土地区画整理事業を施行したが、本件係争地周辺もその対象とされ(成立に争いのない甲第八号証の甲区欄壱番付記壱号の記載によれば、右区画整理事業は昭和四年九月五日ごろまでに完了したものと推認される)、甲第三号証の原図である震災復興区画整理換地確定図第五地区街区図第七八号(大正一五年四月一〇日作製。以下「本件換地確定図」という)が作製されたこと、そして同図面は現在東京都が保管していることが認められる。

ところで、右の土地区画整理事業の準拠法規である都市計画法(大正八年法律第三六号)一二条一項、街地整理法(明治四二年法律第三〇号)、同法施行規則等によれば、換地確定図(作製方法は明治四二年農商務省告示第四〇七号の定めるところによる)は、工事完了の後遅滞なく行なわれる土地各筆の調査に基づき、所有者名・区画整理前後の地目積等を記載した換地説明書とともにつくられるもので、同図面は換地処分の認可申請に添附されるのみならず、換地処分の認可の告示の後管轄登記所等に通知され、公図は右図面を基礎にして作製される。そして告示の日から換地として指定された土地が従前の土地とみなされる。

以上のような換地確定図の作製手続ならびにその換地処分において占める地位に鑑みれば、換地確定図は、土地所有権の目的物を公権的に変更することを目的とする換地処分において、動かしがたい規準となり、したがって右図面は、土地(換地)所有権の及ぶ範囲を創説的に確定するものであると解するのが相当である。ちなみに、≪証拠省略≫によれば、換地確定図は、測量関係の実務において右説示のとおりに取り扱われていることが認められる。

そこでこれを本件についてみると、≪証拠省略≫を総合すれば、本件換地確定図を基礎として本件係争地周辺を測量した場合、旧六番四の土地と旧八番一の土地(なかんづく後者の土地のうち被控訴人の賃借部分)とは、別紙図面のPQ線によって区分されるものであることが認められる。(なお、≪証拠省略≫によれば、本件換地確定図を基礎として測量すると、別紙図面のP点は、同図面の四メートル公道敷の北東隅であると同時に旧八番一の土地の南東隅にも相当するものであることが認められる。)この点に関し、原審鑑定人行友照雄は、本件換地確定図が、本件係争地周辺の現状に完全には符合しないことの故をもって、境界を定めるにあたっての根拠資料とはなし難い旨の鑑定をし、同人は当審でもそれに副う証言をしているが、右の見解は前認定説示に徴して採用の限りではない。

以上の考察によるときは、本件係争地は、昭和九年九月一八日当時、被控訴人の賃貸人である五味の所有ではなく、旧六番四の土地の所有者小笠原某の所有に帰属していたものというべきである。そして、控訴人が昭和二三年八月一三日小笠原の後の所有者である出頭浅次郎から旧六番四の土地を買受け、その後右土地から本件係争地が分筆されたことは前説示のとおりであるから、時効の問題を除外して考えるときは、本件係争地の所有権は右買受当時から控訴人に帰属したものというべきである。

二  取得時効の主張に対する判断

(一)  そこで進んで被控訴人主張の取得時効の抗弁につき検討する。

被控訴人主張の趣旨は、賃借人である被控訴人の代理占有により賃貸人五味のために本件係争地の所有権につき取得時効が完成したから、これにより小笠原もしくは出頭は本件係争地の所有権を喪い、したがって控訴人は本件係争地の所有権を取得するに由がなく、然らずとするも控訴人がその後その所有権を喪なったので、所有権の存在を前提とする本訴請求はその前提要件を欠くに至ったというにある。

思うに、土地の自主占有者は、自ら直接占有することなく、占有代理人をして間接的に占有している場合でも、土地を時効取得できることは当然である。そしてこの場合、取得時効の要件としての占有の善意・悪意、過失の有無については、占有代理人および自主占有者についてこれを決すべきであるが、占有代理人が賃借人等「権原ノ性質上占有者ニ所有ノ意思ナキ」(民法一八五条参照)者にあたる場合、所有の意思は、土地所有権を取得すべき自主占有者自身にあることを前提要件とするものというべきである。そして一般に、土地賃貸人が賃借人に自己の所有地の範囲を超えて他人の所有地の一部をも賃貸地として占有させ、賃借人をしてその越境部分もまた賃貸人の所有地であると信ぜしめていた場合には、特段の事情のない限り賃貸人に所有の意思があるものと認めるのが相当である。なお、この点に関し、控訴人は、賃借人である被控訴人に所有の意思がないから賃貸人五味が時効取得する筈はない旨主張するが、所有の意思は賃貸人について考えるべきこと右に述べたとおりであって右主張は採用の限りでない。

ところで右の場合に、完成した時効を援用できる者がその時効により所有権を取得する者に限られるべきかどうかは問題の存するところであり、この点につき当裁判所は、所有権の取得時効の場合、民法一四五条に規定する「当事者」とは、時効によって所有権を取得する者だけではなく、自主占有者の時効取得により反射的に訴訟の目的たる義務を免れ、または訴訟の目的たる権利が認容される地上権者、賃借人等の占有代理人等をも包含するものと解する。ちなみに、時効の援用とは、要するに、時効完成による利益を受ける旨の訴訟上の意思表示であるから、時効援用の効果は相対的であって、占有代理人による援用は相手方との関係において訴訟上の攻撃防禦方法としての意味を有するにとどまり、占有代理人により自主占有する者と相手方との関係にまで実体的効力を及ぼすものではなく、この者と相手方との関係においては、この者が後日原告または被告となった訴訟において相手方に対し自ら取得時効を訴訟上援用して初めて所有権を取得するものというべきである。したがって、本件の場合、もし五味について取得時効の要件が完備している場合には、被控訴人は自主占有者たる五味の態度いかんにかかわらず、自ら五味について完成した時効を援用できるものといわなければならない。

以上の見解に立脚して被控訴人主張の時効完成の事実につき検討する。

(二)  被控訴人は、時効の起算点として、昭和九年九月一八日(被控訴人が五味から賃借した日)、昭和二二年九月中旬(被控訴人が竹塀を築造した頃)および昭和二三年八月一三日(控訴人の所有権取得登記の日)の三箇を主張しているので、まず、被控訴人が本件係争地の占有を開始した時期について検討するに、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和九年九月一八日五味から前記のとおり土地を賃借すると同時に本件係争地の占有を始めたものと認めることができる。

そして、≪証拠省略≫によれば、

(1)  被控訴人は、昭和九年九月一八日、さきに五味秀夫の被相続人である五味三吉から土地を賃借していた村松光検よりその賃借権を譲り受け、五味秀夫(同人は当時未成年であったため、その後見人)との間で、前記土地賃貸借契約を結び、村松の占有部分をそのままの状態で承継したこと、

(2)  被控訴人は、そのころ右賃借地上に建物を建築してここに居住し、別紙図面のRS線(戦後に築造された本件万年塀のある位置)と平行して、同線よりやや東側旧六番四の土地寄りに塀を、また、その西側に排水溝をそれぞれ設けたこと、

(3)  旧六番四の土地の当時の所有者小笠原と旧八番一の土地の賃貸人の五味およびその賃借人である被控訴人との間で、両地の境界線についてはなんら問題にされることはなかったこと、

(4)  昭和一一年ごろ五味の側で被控訴人の賃借地を実測した結果、契約面積三六坪よりやや多かったが、五味は当時右賃貸地を含め周辺に広大な土地を所有し、右賃貸地はその端地であるところから右のようなくいちがいが生じたものと賃貸借の当事者は誤解していたこと、

(5)  被控訴人は、戦時中敷地の北東隅にコンクリートで縁どりした防空壕をつくっていたが、罹災後の昭和二一年秋ごろ、植木職の岩田千代寿をして、前記排水溝とほぼ平行し、かつ前記防空壕のコンクリートの縁どりを延長した線上に新たに竹塀(建仁寺垣)を築造させたこと、その工事中たまたま旧六番四の土地の当時の所有者出頭浅次郎が現場に来合わせたが、同人は右竹塀の築造につきなんら異議を唱えなかったこと、

以上の各事実が認められ、反対の証拠はない。右の事実によれば、被控訴人および五味秀夫は、本件係争地の前記占有開始時において、同土地が賃貸人五味の所有地であると信ずるについて過失はなかったこと、ならびに、前記占有開始から一〇年を経過した昭和一九年九月一八日当時も本件係争地を占有していたことが推認され、したがって、右一〇年間の占有継続も推定される次第である。さらに、この間五味と被控訴人との土地賃貸借契約は存続したのであるから、五味は被控訴人をして越境部分たる本件係争地もまた同人の所有地であると信ぜしめていたものというべく、特段の事情のない本件では、五味に所有の意思があったものと認めるのが相当である。そうだとすれば、本件係争地については、被控訴人の一〇年間の代理占有により、昭和一九年九月一八日五味のために取得時効が完成したものというべく、五味は、時効完成時の本件係争地所有者小笠原に対しては、登記なくして取得時効を主張しうる関係にあった。(なお、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、昭和二〇年四月一五日の空襲により罹災した後、前示のごとく竹塀を築造して本件賃借地に復帰するまでの間、一時右土地を離れたことが認められるが、これだけでは、五味のために完成した前記時効の効果に消長をきたすものとはいえない。

ところが、本件係争地を含む旧六番四の土地につき、右時効完成の後である昭和二一年八月二七日出頭浅次郎が、さらに昭和二三年八月一三日控訴人が、それぞれ所有権取得登記を経由したことは前示のとおりであるから、五味は、出頭および控訴人に対しては、前記時効取得を対抗できないことになったものといわなければならない(最高判昭和三三年八月二六日集一二巻一二号一九三六頁参照)。

(三)  しかしながら、本件のように、土地占有者の取得時効が完成したが、第三者が所有権移転(取得)登記をしたため、第三者に時効取得を対抗しえない場合であっても、占有者が第三者の登記の後引続き時効完成に必要な期間占有を継続した場合には、その第三者に時効取得をもって対抗できることは理の当然である(最高判昭和三六年七月二〇日集一五巻一九〇三頁参照、なお、この場合には最高判昭和三五年七月二七日―集一四巻一八七一頁―が判示した起算点選択の制限についての法理は適用がない)。

そこでこの点につき証拠に照らして検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人が前記土地を買受けた当時も被控訴人が築造した前記竹塀があったこと、被控訴人は昭和二七年ごろ現在の建物を建築し、光線医学関係の医院として使用してきたこと、昭和二八年ごろ右竹塀を修繕したが、旧六番四の土地を半分ずつ控訴人とともに使用してきた石橋喜太郎から、被控訴人の竹塀は少々出張っているようだとの話があったので、昭和三二年五月竹塀の線より五寸(一五・一五センチメートル)程度引込めた線上に本件万年塀を築造したこと、以上の各事実が認められる。≪証拠判断省略≫そして被控訴人が現在本件係争地を占有していることは前示のとおりである。

これによれば、被控訴人は本件係争地につき控訴人が登記を経由した昭和二三年八月一三日の後も、引続き一〇年以上占有し、現在に至っていることとなる。したがって、被控訴人の代理占有により、五味のために本件係争地につき控訴人の登記の時から一〇年を経過した昭和三三年八月一三日の時点において新らたな取得時効が完成したものということができる。

三  再抗弁の判断

そこで、進んで控訴人主張の再抗弁について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、

控訴人とともに旧六番四の土地を事実上共有し、そのうち三〇坪部分を使用していた石橋喜太郎は、昭和二八、九年ごろ、右使用土地を小林兵庫に売渡したが、実測の結果やや坪数に不足を来したところから、被控訴人に対し、前示のように竹塀が少々出ばっている旨の申し入れをしたこと、土地家屋調査士中島清三郎は、依頼を受け、昭和三六年七月公図および本件換地確定図に基づいて旧六番四の土地および旧八番一の土地を実測したこと、五味と控訴人および小林兵庫は、同年一一月一一日中島の作成した実測図に基づき、別紙図面のP点に相当する地点を両地の境界基点とすることにしてここに石杭を埋設し、PQ線をもって両地の境界線とする旨の合意し、かつ地界立会承認書に各自署名押印したこと、

以上の各事実が認められる。(≪証拠判断省略≫)そうとすれば、五味は、昭和三六年一一月一一日前記時効完成による本件係争地の所有権取得の利益を放棄したものと認めることができる。

しかしながら、前叙のとおり(二の(一)参照)、当裁判所は、賃借人等の占有代理人につき、自主占有者たる賃貸人とは別個に、賃貸人のために完成した時効の援用を認めるので、賃貸人が右のように時効完成後その利益を放棄しても、占有代理人においてその利益を放棄しないかぎりは、その者の時効援用権は、これによってなんら左右されるものではないと解するところ(このように解しないと占有代理人に独自の時効援用権を認める実質的な意味が失なわれるのみならず、時効の利益の放棄は、時効援用権の放棄にほかならないから、自主占有者につき生じた右のような事情は、自主占有者が当事者となっている所有権確認訴訟等において、この者が取得時効を訴訟上援用した際に別個に問題にすれば足りるからである。)、本件においては、占有代理人である被控訴人自身も時効の利益を放棄した旨の主張立証はなんらなされていない。よって控訴人主張の再抗弁は理由がない。

四  むすび

以上のとおり判断されるから、本訴においては控訴人は、被控訴人との関係において本件係争地につき所有権を喪なったものというべきである。したがって、控訴人の本訴各請求はその前提を欠くので、その余の点につき判断するまでもなくこれを失当として棄却すべきである。よって、理由は異るが当審と同一結論を示す原判決は結局正当であるから、民事訴訟法三八四条二項により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東秀郎 裁判官 小林啓二 篠原勝美)

〈以下省略〉

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